カウンター・カルチャーの中心地、サンフランシスコ

【問題】以下の地名に共通して付く言葉は何でしょう?

(1)函館
(2)東京
(3)横浜
(4)神戸
(5)長崎

・・・今回はちょっと難しかったかもしれませんね。正解は、「ベイエリア」。他にも「千葉」「大阪」「福岡」などなど、都市部に近い(再開発された)臨海・港湾地域を「ベイエリア」と呼ぶ例は全国に広がっているようです。さしずめ、バブルの頃にトレンディだった「ウォーターフロント」(古い!)の現代版、といったところでしょうか。

さておき、日本ではわりと最近になって使われ始めたこの「ベイエリア」という言葉ですが、アメリカには、かねてからそう呼ばれていた「元祖ベイエリア」とでもいうべき地域があります。

サンフランシスコ、サンノゼ、フリーモント、オークランド、バークレーなどを含むサンフランシスコ湾岸の一帯、いわゆる「サンフランシスコ・ベイエリア」がそうです。

ゴールデンゲートブリッジ、フィッシャーマンズワーフ、アルカトラズ島をはじめとする風光明媚な観光名所の数々、また『ダーティハリー』や『刑事ナッシュ・ブリッジス』をはじめとする映画やテレビドラマの舞台としても世界的に有名なサンフランシスコ近郊は、一方で、アメリカを代表するカウンター・カルチャーの中心地でもありました。

ヒッピー文化の発祥地と言われるヘイト・アシュベリー、フリー・スピーチ・ムーヴメントの発火点となったカリフォルニア大学バークレー校など、ここには、既存の価値観には捕らわれない自由で先進的な文化を育んできたリベラルな街の雰囲気を象徴する場所がいくつもあります。

そんな土地柄だったこともおそらく大いに関係していたことでしょう、サンフランシスコ・ベイエリアには、80年代前半から、ロサンゼルスやニューヨークに負けるとも劣らない、いや国内はおろか世界でも指折りのスラッシュ・メタル・シーンが形成されていました。

そしてその中心には、当初から、顔役というべき重要な役割を担う実力者が存在していました。旧約聖書の「出エジプト記」、というより、後に映画にもなったレオン・ユリスの著作『栄光への脱出』に由来する名前を持つサンフランシスコ・シーンの草分け的存在、エクソダス。彼らを抜きにしてベイエリア・スラッシュを語ることは断じてできません。

ベイエリア・スラッシュの代名詞、エクソダス

ベイエリア第2の都市サンフランシスコにてエクソダスが結成されたのは、1980年のことでした。その最初のラインナップの中に、カーク・ハメット(ギター)の名前があったことは、古くからのファンならばよくご存知のところでしょう。

・・・そう、クビになったデイヴ・ムステインの後任としてメタリカに加わることになるカークは、もともとこのバンドの中心的なメンバーだったのです。

カークが脱退したのは1983年でしたが、実のところ彼らは、スタートまもない頃からしばしばメンバー・チェンジを繰り返していました。しかしそんな中でも着実にラインナップを固め、デモを録音したり、地元周辺のクラブでライヴを行なったりしながら少しずつ知名度を上げていったバンドは、結成から4年ほどを経て、ようやくアルバム制作の機会に恵まれます。

ポール・バーロフ(ヴォーカル)、ゲイリー・ホルト(ギター)、リック・ヒューノルト(ギター)、ロブ・マッキロップ(ベース)、トム・ハンティング(ドラムス)という布陣で進められたレコーディングは、やがてつつがなく終了。完成したデビュー・アルバムはすぐさまリリースに・・・なるはずだったのですが、ビジネスにまつわる“大人の事情”により、5人はそれから数ヵ月もの間、やむなくお預けを食らわされてしまいます。

しかし、翌1985年についに送り出されたエクソダスの記念すべきデビュー・アルバム『ボンデッド・バイ・ブラッド』は、ほどなく、バンドがこうむった不遇の日々を帳消しにしてなお余りあるほどの高評価を得ることになったのでした。

炸裂!手加減無用のベイエリア・クランチ


暴力的な怒声とヒステリックなシャウトを本能のおもむくままに轟かせるクレイジーなヴォーカル、ジューダス・プリーストを先鋭的に突き詰めたかの激烈な殺傷力を解き放つリフ、ブレーキの壊れたダンプカーのごとく荒々しく駆け抜けていくビート――。『ボンデッド・バイ・ブラッド』に示された危険で過激で攻撃的で猛烈に速い音楽性は、すでにメタリカやスレイヤーに慣れ親しんでいたスラッシュ・メタル・ファンにとってもやはり衝撃的でした。

野性味満点のガラッパチな疾走感にぶっ飛ばされるタイトル・トラック、ホルト&ヒューノルトのHチーム(苗字のイニシャルがどちらも“H”なのでこう呼ばれる)による鋭角的なリフ・ワークが鮮烈な「ア・レッスン・イン・バイオレンス」、寄ってたかって獲物を食らい尽くすような獰猛なフックが効いた「ピラニア」など、このアルバムに収められている楽曲は、スラッシュ・メタルのエッセンスを手加減無用に突き詰めたような熾烈なものばかりです。

ゆえにここに表わされたエクソダスの揺るぎないスタイルと徹底したアティテュードは、やがてファンだけでなく、地元近郊のミュージシャンたちにも1つのメルクマールと目されるようになっていきます。

わけても特に、ザクザクと切り刻むようにソリッドにかき鳴らされるHチームならではの特徴的なギター・トーンは、“ベイエリア・クランチ”と呼ばれ、周辺のバンドたちにも盛んに取り入れられるようになります。

そうこうしているうちにサンフランシスコのメタル・シーンはみるみる活発化、ベイエリア・クランチを武器とするスラッシュ・メタル=ベイエリア・スラッシュの一大発信基地として知られるようになったこの地は、国内はもちろん海外にまで影響を及ぼしていきます。

次回は、そんなベイエリア・スラッシュの盛り上がりを支えたエクソダス以降の実力者たちをいくつかご紹介したいと思います。

(第7回に続く)

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第1回:スラッシュ・メタルって・・・なに?
第2回:伝説のデモ『ノー・ライフ・ティル・レザー』
第3回:受け継がれる“邪悪の遺伝子”
第4回:顔面粉砕!渾身の『メタル鉄拳』
第5回:反骨の“大佐”デイヴ・ムステイン
第6回:炸裂!手加減無用のベイエリア・クランチ

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