チェスレコード

チェスレコードは1950年、ポーランドからの移民だったレナードとフィルのチェス兄弟が別の会社を買い取るという形でシカゴで設立したブルース・R&B系のレコード会社です。
会社設立以前はナイトクラブを経営しており、そこで毎晩のように演奏している黒人ミュージシャンのレコーディングをしようというのが始まりでした。彼らの多くは南部からの移民でレコード会社との契約もない者ばかりでした。 南部からの移動でブルースそのものにも変化がありました。すでにシカゴ周辺ではやっていた洗練されたブルースと融合しシカゴ・ブルースを形成していきました。その一番の特徴は電気楽器の導入です。アコースティックギターをエレクトリックギターに持ち替え、伴奏楽器でしかなかったギターをリード楽器にするなど今までのブルースを進化させていきました。もうひとつはバンド形態での演奏です。電気楽器による大音量を獲得したミュージシャンたちはよりダイナミックな演奏を展開していくのです。後のロックのバンドスタイルに大きく影響していくことになります。

チェスの最初のスターはマディ・ウォータースでした。ヒットを連発しマディはシカゴブルースの中心的存在になっていきます。バンドからは有名なブルースマンたちが独立していきました。やがて彼は「シカゴブルースの父」と呼ばれるようになります。
次にチェスにやってきたのはマディに紹介されたチャック・ベリー。「メイベリン」でデビュー、誰もが知っている「ロックンロール」「ジョニー・B・グッド」などが大ヒットします。
同じ頃、ボ・ディドリーもチェスと契約、独自のリズムはジャングル・ビートと呼ばれ、取り入れている楽曲は星の数ほどあるはずです。
もうひとり、重要なシンガーがハウリン・ウルフ。ダミ声の歌が強烈な印象を残します。その個性からロック・ミュージシャンへの影響が大きくクリーム、ドアーズ、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックスなどがカバーを演奏しています。

60年代、シカゴブルースは大西洋を挟んだイギリスにも渡り。ミック・ジャガー。キース・リチャーズ、エリック・クラプトンらの若者達を夢中にさせます。入手が難しかったと思われるブルースのレコードに皆で聞き入ったことでしょう。やがて彼らはバンドを結成しブルースに影響を受けた音楽を奏ではじめます。
1964年、ストーンズはチェスのスタジオを訪れレコーディングを行っています。マディやチャックベリーら、憧れのアイドルたちと感動的な出会いをします。
ハウリン・ウルフの71年のアルバム「ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッション」ではエリック・クラプトン、チャーリー・ワッツら「ブルースの子供達」とのセッションが楽しめます。クラプトンのギタースタイルはウルフのギタリスト、ヒューバート・サムリンからの影響が最も大きいと言われています。

2008年にはチェスをモデルにした映画「キャデラック・レコード」が制作されました。レーベルを代表する歌姫エタ・ジェイムス役をビヨンセが演じています。ビヨンセは出演だけでなく製作総指揮まで努めています。