1995年の音楽シーンはどうだった

1995年は国内、海外ともに「ロック」が主役でありながら多様性を獲得し、のちの音楽シーンの転換期となる名盤が数多く発表され、1969年と共に音楽シーンにとって非常に重要な年でした。

イギリスでは前年までのマッドチェスターからブリットポップへと昇華し、オアシスvsブラー論争が最高潮を迎え英国音楽が再び世界の中心となりました。

オルタナの筆頭であったたスマッシングパンプキンスやレディオヘッドが呼応するように内省的で独自の世界へ踏み込み、ビーチボーイズ「ペットサウンズ」を引き合いに出されるような芸術性を持った作品を発表。


米国ではカート・コバーンという時代の象徴を失ったなか、グリーンデイやオフスプリングがパンクリバイバルを巻き起こし、フーファイターズが1stアルバムを発表しデビューしました。 さらにヒップホップの注目度が増し、東海岸のNotorious B.I.G.と西海岸の2Pacという東西の対立も勃発。
2000年代に席巻せるR&Bリバイバルの発端もBoyz II Menを中心に関心が高まりました。

1995年の国内音楽シーン

1995年という年は、日本経済全体ではバブルの残り香も消え去り、ドラマや映画、ファッションといった、カルチャー全体でそれまでの派手で煌びやかなスタイルは息をひそめ、内省的で心に寄り添うもの優しい歌詞や、時代を俯瞰するようなニヒルな詩などシンガーソングライター的志向は強く現れました。


ブルーハーツの解散に象徴されるバンドブームの終焉。

メジャーシーンにはスッピツとミスチルという時代を代表するバンドが永遠の人気を決定づける傑作を発表し、X JAPAN、LUNA SEAといったV系も全盛期を迎えた。

また、それまで一部マニアの中での存在だった「渋谷系」が小沢健二やピチカートファイブを筆頭に、ついに時代の中心となりファッションも含めサブカルチャーがカルチャーに。


経済全体では落ち込む中、音楽シーンは全盛となり音楽レーベルは自由度が高かったため、「売上げ枚数」以外に重きを置いた名作も数多く生まれました。