渋谷陽一

ロックンロールへの愛情、確かな審美眼と、時には議論をまき起こす歯に衣着せぬロック好きらしい評論で、本国での洋楽ロックを広めてきた評論家、渋谷陽一。

インターネットのない時代、さらに新品のレコードはなかなかの高級品であった時代に、何を買うべきか、多くの音楽好きが信頼していた男。

ロッキングオンジャパンの創刊やラジオで、長きにわたり日本の音楽文化に多大な影響を与えてきた彼が、日本に広めたミュージシャンを5組ご紹介。

チープトリック

日本に海外のポップミュージックを広めるというのが渋谷陽一、とりわけロッキングオンのテーマだったとされるが、本バンドの日本人気は最高の成功例と言える。

ビッグインジャパン(本国に比べて日本で高い人気を誇る)を代表するバンドであり、武道館公演でのライブ盤から世界中で人気になった。

ビートルズ直系のキャッチーなメロディーで、パワーポップの美しさを日本の男女に伝えた。

RCサクセション

言わずと知れた日本史上最強ロックバンドの1組。忌野清志郎とは1951年生まれの同い年ということもあって、公私共に関係を築いた盟友である。

日本で最初にRCを良いと言った(メインストリームにおける)男。

ラジオや雑誌対談では、時にはバチバチな意見が飛び交うこともあったがそれも魅力的でした。

NHK-FMで渋谷陽一がDJを務めていたサウンドストリートのコーナー、私の選ぶロック大賞(1983)の大賞は「ドカドカうるさいR&Rバンド」が選ばれた。

トッド・ラングレン

琴線に触れる美しいメロディーを生みまくる稀代のメロディメーカーでありなが、民族音楽に影響を受けた1人多重録音アルバムを制作するなど、第一線でさまざまなジャンルに常に挑戦的な姿勢を貫くミュージシャン。

産業ロックという言葉を生み産業ロック批判しつつ、[売れるポップュージック]を愛した渋谷陽一が敬愛した1人。

また自身がフロントに立つだけでなく、ザ・バンドやホール&オーツなどのプロデュースも数多く担当。

完璧主義が行きすぎXTCとは不仲となったそうですが、ファンとしては最高のエピソードです。

レッド・ツェッペリン

渋谷陽一が最も愛を注いでいたロックンロールバンドであるレッド・ツェッペリン。

世界中にファンを抱える伝説のバンドですが、日本では渋谷陽一の紹介で彼らのとりこになった方も多いのでは。

スタイル・カウンシル

80年代になるとロッキングオンで紹介され人気を博した音楽がロキノン系と呼ばれ始め、JAM解散後のポール・ウェラーが率いたスタイルカウンシルもその代表でした。

日本ではJAMよりもスタカン人気が高いと感じ、本誌の影響力の高さを実感します。

70年代後半~80年代、UKでのネオアコ~ギターポップブームをいち早く紹介。

エブリッシング・バット・ザ・ガールやアズテック・カメラなど、90年代の渋谷系ミュージシャンたちが、大きく影響を受けた音楽を取り上げており、本誌が無ければその後の邦楽シーンも異なっていたかもしれません。