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商品説明
「為政者に都合の悪い政治や社会の歪みをスポーツを利用して覆い隠す行為」として、二〇二〇東京オリンピックの頃から日本でも注目され始めたスポーツウォッシング。スポーツはなぜ“悪事の洗濯”に利用されるのか。その歴史やメカニズムをひもとき、識者への取材を通して考察したところ、スポーツに対する我々の認識が類型的で旧態依然としていることが原因の一端だと見えてきた。洪水のように連日報じられるスポーツニュース。我々は知らないうちに“洗濯”の渦の中に巻き込まれている!
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収録内容
1 | 第1部 スポーツウォッシングとは何か(身近に潜むスポーツウォッシング |
2 | スポーツウォッシングの歴史 |
3 | 主催者・競技者・メディア・ファン 四者の作用によるスポーツウォッシングのメカニズム) |
4 | 第2部 スポーツウォッシングについて考える(「社会にとってスポーツとは何か?」を問い直す必要がある―平尾剛氏に訊く |
5 | 「国家によるスポーツの目的外使用」その最たるオリンピックのあり方を考える時期―二宮清純氏に訊く |
6 | サッカーワールドカップ・カタール大会とスポーツウォッシング |
7 | テレビがスポーツウォッシングを絶対に報道しない理由―本間龍氏に訊く |
8 | 植民地主義的オリンピックはすでに“オワコン”である―山本敦久氏に訊く |
9 | スポーツをとりまく旧い考えを変えるべきときがきている―山口香氏との一問一答) |