1989年、THE BOOMでのデビューから、『島唄』『風になりたい』など、ジャンルも国境も超える名曲を生み出しつづけてきた「音の旅人」宮沢和史。

彼の代表曲のひとつ『風になりたい』を生み出す源となったのは、ブラジル音楽から受けた衝撃だった。「サンバ」の固定的イメージでとらえられがちなブラジルには、実は世界最先端の音楽と、多様な文化がある――そのことに気づいて14年。自らの音楽的バックグラウンドの一つとしてブラジルに注目し、現地のミュージシャンとアルバムを作り、ツアーも重ねてきた。
ブラジル音楽の「先進性」を自分のものとし、世界でツアーも重ねる中で多くの仲間とも出会った末に、2006年に組んだバンド「GANGA ZUMBA」。日本、アルゼンチン、キューバ、そしてブラジルという様々なバックグラウンドを持つ9人のメンバーが集まったこのバンドもまた、世界中の人種が集まり、次々に新たな文化が生まれていくブラジルそのものを現わしているかのようだ。
宮沢の2008年は、このバンドでブラジルツアーを行ない、12月には、ブラジルとの14年間の関わりを一冊にまとめた書籍『Brasil-Sick』(双葉社)を発表するなど、まさ にブラジル漬けだった。
なぜ、彼は2008年、ここまでブラジルと向き合ったのか? 12月17日に東京都でこの『Brasil-Sick』の発売会見を行なった彼の言葉から、それを読み解きたい。
2005年のソロでの世界ツアーで、ブラジルのロンドリーナという街に行ったんですが、ここで中川トミさんという方にお会いしました。中川さんは当時98歳で、笠戸丸という日本からの一番最初の移民船に乗ってブラジルに渡った方です。
彼女に聞いた移民の方の生きざまや移民史から、僕が感じたことを僕なりに歌に込め、『足跡のない道』という歌を作りました。
2008年は、日本からブラジルに移民が渡って100周年。この歌を是非、ブラジルにいる方にも聴いて欲しいと思い、ブラジルの日系人たちに届けるツアーを行なったんです。中川トミさんにも来ていただきたかったのですが、残念ながら中川さんは2年前に亡くなられていました。
けれど、ロンドリーナを再び訪れる事ができて、“また来ます”という約束が果たせたような気がしています。
『島唄』を作ったとき、宮沢は、「漠然と沖縄戦の悲劇を歌うのではなく、それを我々に語りかけてくれる、ひめゆりの塔の語り部の女性を思い浮かべて作った」という。宮沢が次々と世界各地の音楽を取り入れ、全く違う音楽を作りつづけていてもなお、彼の歌に多くの人が涙する理由は、ここにある。どんな歌を作り、どんな音を奏でている時でも、宮沢の心に満ちているのは、それを聴く人間の顔なのだ。
喜びの歌も、悲しみの歌も、すべて「時代」や「流行」ではなく、その中で生きる、我々一人ひとりの物語として作られている。だからこそ『島唄』が世界中でヒットしたのだし、また、「100周年」という大きな歴史を歌っていても、それが「お説教」にならないのだ。
ブラジルから帰ってきてからは、日本に30万人以上暮らしている在日日系ブラジル人の方々と一緒に移民100周年をお祝いできたらと思い、いくつかのイベントを開催した。横浜ではブラジル音楽の重鎮ジルベルト・ジルを迎え、2万人の人が集まってくれて、フリーコンサートもできました。
日本には、約32万人もの日系人を含むブラジル人が日本で生活しているのに、あまりにも交流がなさすぎると思います。
聞こえてくるのはお互いの文化的の違いからくる摩擦や犯罪のことばかりで、実際に交流してお互いを理解し合おうという動きがあまりにも少ないのは寂しい。
そういう人々のために、僕は音楽家だから、大きなことができるわけではない。でも、音楽というのは国籍も民族も言葉も超えてコミュニケーションができるものですから、そういう場を増やしていけたらいいなと思っています
国籍も民族も、言葉も超えたコミュニケーション。この言葉は、ブラジルという国にもそのまま当てはまる。白人も黒人も東洋人も、すべての人々が集まって得体の知れないパワーを生み出しているこの国には、「言葉」よりもハッキリと人々を繋ぐ、「音」と「リズム」、そして「希望」がある。それが、次々と新しい文化を生み出す原動力なのだ。
(ブラジルの伝統音楽である)サンバやショーロにしても、伝統は確かにあるし、それはそれで継承されているものなんだけど、(日本で)想像するよりも、ずっと新しいものなんですね。
ブラジルはこれからの国。どんどん進んで、どんどん成長している。定期的に通っていると、それがすごくよくわかる。その右肩上がりのエネルギー、古いものもとても大事にしながら、新しい物を生み出していく迫力やエネルギーが、僕がブラジルに惹かれる理由のひとつなんです。ブラジルには、未来がある!
『Brasil-Sick』は、ブラジル音楽との出会いから現在に至るまでの思いと、2008年のブラジルツアーの旅日記、対談、写真など、様々な形で詰め込んだ充実の内容。ブラジルの景色を切り取った美しい写真と、様々な企画のオンパレードが、ブラジルの勢いをそのままパッケージしたような、不思議なパワーを放っている。
宮沢が推薦するブラジル音楽や映画のページもあるので、ぜひチェックしてみたい。
また、2008年の集大成として、『Brasil-Sick』とともに、お薦めのブラジル音楽を集めた企画盤『Brasil 100』、ドキュメントDVD『10,000 SAMBA!』も同時発売。さらに、31日(水)のNHK紅白歌合戦に「日本ブラジル交流年特別企画」として出場も決定した。
『紅白』はブラジルでも放送され、ブラジルに住む日系二世・三世たちも視聴する。1989年、THE BOOMでのデビュー以来、国境も人種も超える名曲を紡ぎ出し続け、来年デビュー20周年を迎える宮沢。そんな彼の歩く「足跡のない道」を、これからも追っていきたい。
関連商品
外部リンク
双葉社『Brasil-Sick』 - 宮沢和史が選ぶブラジル書架 - よりオススメ商品をPick Up!
「ジョアンは初来日で、日本の観客がいたく気に入ったそうだ。最高のショーを求めて、彼はまた何度でも来るだろう」『Brasil-Sick』より抜粋
「明るく強い、サンバとラップを見事に融合させた作品。“完璧なリズムを求めて”というタイトルどおりだと思う」『Brasil-Sick』より抜粋
「彼女が歌い出した瞬間、ブラジル中の花が咲いたようだった。これからのブラジルを代表するシンガーになるだろう」『Brasil-Sick』より抜粋
「ここに真実はないかもしれないが、誰もが思い浮かべる“リオ”の姿がここにある」『Brasil-Sick』より抜粋
「ブラジルを代表する音楽家たちの若き日の姿に、清冽な感動を覚えた」『Brasil-Sick』より抜粋
「無名の音楽家たちを追うという手法によって、ブラジルの生活が見えてくる」『Brasil-Sick』より抜粋
「ブラジルの強い光と、その裏の巨大な闇、さらにスラムに生きる彼らの希望と絶望をも突きつける作品だ」『Brasil-Sick』より抜粋
「内陸部の生活がよくわかり、家族の絆を何よりも重要視するブラジル人の心が伝わる、大好きな作品」『Brasil-Sick』より抜粋
「音楽と同じく、ブラジル人のリズム感と無限の可能性を理解するのに最適の教材だ」『Brasil-Sick』より抜粋
「シュールな映像がと健やかな音楽のミスマッチが、21世紀に躍進するブラジルへの、最高のファンファーレにも思える」『Brasil-Sick』より抜粋
「このドラマを見て、僕は何度泣いたことだろう。日本移民の歴史が凝縮された名作だ」『Brasil-Sick』より抜粋