こうして日本は強くなった
2026年北中米W杯が盛り上がってます。日本は見事グループリーグ突破、ベスト32で王国ブラジル相手に佐野海舟が先制点を挙げ、その後も粘り強い守備を見せるも、後半アディショナルタイムで逆転され悔しい敗戦となりました。
1993年の「ドーハの悲劇」から「ジョホールバルの歓喜」を経て初出場した1998年のフランスW杯から約30年。力と経験の差を見せつけられた3連敗から、自国開催を経て、いくつもの成功体験と失敗を繰り返し、今や強豪国とも肩を並べるほど着実に日本代表は強くなってきました。
そんなサッカー男子日本代表を率いてきた歴代の監督を振り返りながら、日本代表が辿ってきた軌跡をあらためて噛みしめてみましょう。

スタジアムの一体感が凄い!
岡田武史
就任期間
- 第1期:1997年10月 - 1998年6月
- 第2期:2007年12月 - 2010年6月
戦績と総評
通算成績は50試合26勝11分け13敗。
第1期は加茂周監督の更迭に伴いコーチから昇格し、野人・岡野雅行のVゴールによる「ジョホールバルの歓喜」を経て日本を初のW杯出場に導きました。代表の最終選考では、三浦知良・北澤豪をメンバー外として日本国内で大きな議論を呼ぶことに。
それまでの「カズを軸とした攻撃」から、前線からの連動したプレスと守備の安定を最優先する戦術へ移行。結果は3戦全敗(グループリーグ敗退)となったものの、初出場の舞台で世界の強豪(アルゼンチン、クロアチア)を相手に最少失点で粘る戦いを見せました。
第2期は脳梗塞で倒れたオシム監督の後を急遽引き継ぎ、2010年南アフリカW杯に挑むことに。大会直前に本田圭佑の1トップ起用や守備的戦術への変更を決断。下馬評を覆し、海外開催のW杯で史上初となるベスト16進出を成し遂げ、日本サッカー界の危機を二度救った名将として絶大な評価を得ています。
選手履歴
現役時代はDF(センターバック)。早稲田大学から古河電工(現・ジェフユナイテッド千葉)に入団し、日本代表としても国際Aマッチ24試合に出場(1得点)。
監督履歴
コンサドーレ札幌をJ1昇格へ導き、横浜F・マリノスではJリーグ2連覇(2003年・2004年)を達成。日本代表退任後は、中国の杭州緑城の監督やFC今治のオーナー・会長を歴任しています。
イビチャ・オシム
就任期間
2006年7月 - 2007年11月(病気により志半ばで退任)
戦績と総評
通算成績は20試合12勝5分け3敗。ジーコ体制後の日本代表を任されると、「日本サッカーの日本化」を掲げ、選手に膨大な運動量と高いインテリジェンスを求める「走るサッカー」を提唱し、独自のトレーニングでチームを急速に進化させました。
2007年のアジアカップで4位に終わった後の11月に脳梗塞で倒れ、無念の退任に。遠藤保仁や中村憲剛らを軸としたパスと人が連動する美しいサッカーは、今もなお「オシムが退任してなければ日本代表は強くなっていた」といった声が後を絶たないほどファンに支持されていました。
選手履歴
現役時代は大型で技術の高いMF・FW。ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のFKジェリェズニチャル・サラエヴォなどで活躍し、ユーゴスラビア代表として1964年東京五輪(ベスト8)や1968年欧州選手権(準優勝)に出場。
監督履歴
ユーゴスラビア代表を率いて1990年イタリアW杯でベスト8に進出。オーストリアのSKシュトゥルム・グラーツを経て、2003年にジェフユナイテッド市原(現・千葉)の監督に就任。2005年にナビスコカップを制してクラブ初のタイトルをもたらした手腕を買われ、日本代表監督に抜擢されました。
アルベルト・ザッケローニ
就任期間
2010年8月からブラジルW杯終了後の2014年6月まで。
戦績と総評
通算成績は55試合30勝12分け13敗。就任直後にアルゼンチンを撃破し、2011年アジアカップ優勝、2013年東アジアカップ初優勝を達成。本田圭佑や香川真司らを擁し、攻撃的で魅力的なパスサッカーは多くの日本人を魅了しました。2014年ブラジルW杯はコンディション調整に苦慮し、1分け2敗でグループリーグ突破を逃しました。
選手履歴
イタリアのユースチームに入団するも16歳で重度の肺炎を患い、怪我のため20歳で現役を引退。プロ選手としての目立ったキャリアはなし。
監督履歴
イタリアの名門ACミランを率いてセリエA優勝を達成(1998-99)。インテルやユヴェントスなどビッグクラブの監督を歴任。日本代表退任後は、中国の北京国安やUAE代表監督を務めました。
西野朗
就任期間
2018年4月からロシアW杯終了後の2018年7月まで。
戦績と総評
通算成績は7試合2勝1分け4敗。W杯開幕わずか2ヶ月前のスクランブル就任ながら、チームの対話を重視して組織を再建。
本大会では初戦でコロンビアを破るなど、下馬評を覆してグループリーグを突破。ベスト16では強豪ベルギー相手に原口元気と乾貴士のゴールで2点を先制するも、後半アディショナルタイムにカウンターで逆転され敗戦。「ロストフの悲劇(ロストフの奇跡)」と呼ばれ、サッカー史に残る名勝負として語り継がれる結果に。
選手履歴
MFとして日立製作所で活躍し、ベストイレブンにも選出。日本代表として国際Aマッチ12試合に出場。
監督履歴
五輪代表監督として、1996年アトランタ五輪でブラジルを破る「マイアミの奇跡」を演出。Jリーグでは柏レイソルやG大阪などを率い、J1通算270勝は歴代1位。その後、タイ代表監督なども歴任しています。
森保一
就任期間
2018年7月から北中米W杯終了後まで?
戦績と総評
通算成績は107試合73勝16分け18敗(2026年6月30日現在)。指揮を執った試合数・勝利数ともに歴代最多、勝率も歴代最高を誇ります。2022年カタールW杯ではドイツやスペインを撃破し、親善試合とはいえブラジルやイングランドといった強豪国にも競り勝ち世界を驚かせ続けています。
2026年W杯でも指揮を執りW杯通算3勝という歴代最多記録を樹立。選手との高い信頼関係を築き、強豪国と互角に渡り合うチームを作った名将として国内外で高く評価されています。
選手履歴
現役時代はMF。マツダ(現サンフレッチェ広島)で頭角を現し、日本代表(国際Aマッチ35試合1得点)としてオフト監督時代の「ドーハの悲劇」を経験。
監督履歴
引退後はサンフレッチェ広島の監督に就任し、3度のJ1リーグ優勝を達成。東京五輪代表監督を経て、A代表監督へ昇格。
