帝王スレイヤー、登場!
『キル・エム・オール』が発表された頃、メタリカはすでに活動の拠点をサンフランシスコへと移していましたが、彼らが去った後のロサンゼルスのメタル・シーンでは、早くも次のアンダーグラウンド・ヒーローが頭角を現わし始めていました。後にメタリカと人気を二分することになる、“終生のライバル”と言うべき存在、スレイヤーです。新聞配達をしていたデイヴ・ロンバード(ドラムス)と、配達先の家に住んでいたケリー・キング(ギター)が出会って意気投合、ほどなく友達のジェフ・ハンネマン(ギター)とトム・アラヤ(ヴォーカル/ベース)を誘って1981年に結成されたスレイヤーは、当初は、アイアン・メイデン、ジューダス・プリースト、UFO、スコーピオンズ、ディープ・パープルなどの楽曲を演奏して楽しむ典型的なハイスクール・バンドに過ぎませんでした。
しかし、そんな彼らに、まもなく転機が訪れます。きっかけはもちろん、アンダーグラウンド・シーンに起こったヘヴィ・メタルの新しい動きでした。
メタリカのような先鋭的なバンドが放つエキサイティングな音楽に触れ、たちまち魅了されてしまった4人は、すぐさま「俺たちも彼らに負けないくらい速くてヘヴィなメタルをやろう!」と奮起し、そのアイディアを活かしながら曲作りを進めていきます。
そして1983年末、『キル・エム・オール』のリリースからおよそ半年を経て、スラッシュ・メタル時代の幕開けを告げるもうひとつの名盤が誕生します。スレイヤーの記念すべきデビュー・アルバム『ショウ・ノー・マーシー』が、ついに世に放たれたのです。
邪悪、極悪、情け無用!
“皆殺し”という意味の『キル・エム・オール』もなかなかショッキングなタイトルと言えますが、過激さや物騒さという点では、“情け無用”を意味する『ショウ・ノー・マーシー』も負けてはいません。本人たちはものすごいナイスガイなんですけどね。(笑)
さておき、こうして本格的にプロフェッショナルなキャリアを築き始めたスレイヤーは、メタリカの活躍に沸いていたアンダーグラウンド・メタル・シーンに新たな衝撃作『ショウ・ノー・マーシー』を叩きつけ、彼らとはまた違った個性を強烈にアピールします。
悪魔、黒魔術、死、拷問、反キリスト――スレイヤーが描き出してみせたのは、そうした邪悪で背徳的な世界観でした。本人たちはものすごいナイスガイなんですけどね・・・。(苦笑)
スラッシュ・メタルの誕生において、NWOBHMとハードコア・パンクが重要な影響源になっていたことは前に書いたとおりですが、スレイヤーが見せつけた禍々しいイメージや極悪な音楽性も、やはりその方法論から生み出されたものでした。
そもそも、結成まもない頃の彼らが好んでコピーしていた先輩バンドたちも、少なからずそうしたタッチを持ち合わせてはいました。例えば、アイアン・メイデンは、内側に無数の針が取り付けられた中世ヨーロッパの拷問器具“鉄の処女”から取られた名前ですし、ジューダス・プリーストも、銀貨30枚でイエス・キリストを裏切ったとされる“イスカリオテのユダ”から名付けられています。
ゆえに当然、『ショウ・ノー・マーシー』にも、彼らからの影響はふんだんに取り入れられているわけですが、スレイヤーの持ち味は、もっともっと徹底して突き詰められていました。それこそ彼らの核心に迫る部分でもありますので、少し具体的に見ていきましょう。
受け継がれる“邪悪の遺伝子”
音楽的に言えば、『ショウ・ノー・マーシー』は、“ジューダス・プリーストの激化版”といった趣を備えた作品でした。トムがしばしば見せるハイピッチのスクリームにはロブ・ハルフォードへの憧れがはっきりと見て取れますし、カミソリのような鋭い切れ味を持ったリフ・ワークもまた、K.K.ダウニング&グレン・ティプトンの専売特許と言えるものです。しかし、スレイヤーは、ジューダス・プリーストにはない音楽的特徴をも身に付けていました。ひとつは、言うまでもなく、ハードコア・パンクの素養です。
メンバーの中でも特にケリーとジェフは熱心なハードコア・パンク・ファンだったようで、当時から、マイナー・スレット、T.S.O.L.、ヴァーバル・アビューズ、ドクター・ノウ、D.R.I.などに親しんでいました。彼らの楽曲は、1996年に発表されたカヴァー・ソング集『アンディスピューテッド・アティテュード』でも取り上げられていたので、メタル・ファンにもわりと馴染みのあるところかもしれません。
そしてもうひとつ、忘れてならないのが、悪魔主義のイメージを前面に打ち出して人気を博したイギリスのヴェノムやデンマークのマーシフル・フェイトなどに代表される、サタニック(悪魔的)なヘヴィ・メタル・バンドたちの影響です。
実のところ、こうした邪悪な世界観を音楽に取り入れるスタイルは、すでに60年代後半のイギリスでいくらかポピュラーになっていました。わけてもブラック・サバスは有名ですね。
ヴェノムやマーシフル・フェイトは、言うなれば、そうした手法をさらに突き詰めてみせたわけですが、彼らヨーロッパの先輩バンドたちが切り拓いたサタニック・ヘヴィ・メタルの遺伝子を、遠く離れたアメリカの地で受け継ぎ、さらにさらに徹底して突き詰めてみせたのがスレイヤーだったと言っていいでしょう。
こうしてスレイヤーに取り込まれた“邪悪の遺伝子”は、時代を追ってさらに幅を広げ、様々に発展していくことになります・・・が、それはまた別のお話。
次回は、北米大陸の反対側、東海岸のシーンに目を向けてみたいと思います。
第1回:スラッシュ・メタルって・・・なに?
第2回:伝説のデモ『ノー・ライフ・ティル・レザー』
第3回:受け継がれる“邪悪の遺伝子”
第4回:顔面粉砕!渾身の『メタル鉄拳』
第5回:反骨の“大佐”デイヴ・ムステイン
第6回:炸裂!手加減無用のベイエリア・クランチ