西のロサンゼルス、東のニューヨーク
世界に冠たる映画産業の中心地=ハリウッドで知られる西海岸のロサンゼルス。ミュージカルの名作を多数送り出してきた劇場街=ブロードウェイで知られる東海岸のニューヨーク。アメリカのショウビジネス界をリードする二大都市と言えば、おそらくこのふたつがまっさきに挙げられるのではないかと思います。どちらも数百万の市民が暮らす世界有数のメガシティですから、当然、そこに存在するエンターテインメントのマーケットも巨大です。動かされるお金の額、関わっている人の数、劇場や映画館、ライヴハウスをはじめとするヴェニュー(公演会場)、さらにはレコード店や楽器店などの数も、国内最大級の規模と言っていいでしょう。
そんな恵まれた環境にある大都会のアート・シーンは、やはり層が厚いゆえに、競争が激しく、流行に敏感で、移り変わりのスピードも速いと言えます。
しかしそうした傾向は、逆に言えば、シーンが活発で洗練されており、新しいものに寛容で、多様な価値観をまとめて飲み込んでしまう懐の深さを備えている、ということでもあります。
まったく新しいムーヴメントだったスラッシュ・メタルが、ロサンゼルスのような都市部のアンダーグラウンド・シーンから発火したのも、うなずける話なのです。
さて、そういうわけで、メタリカやスレイヤーの台頭により導かれた西海岸での活況は、時を置かず、東海岸にもすぐに飛び火しました。火の手が上がったのはもちろん大都市、ニューヨーク・シティ。『ショウ・ノー・マーシー』のリリースから遅れること数週間、この地で着実に人気を拡大させていたアンスラックスが、いよいよアルバム・デビューを果たします。
変種アンスラックス、登場!
音楽とマンガとヤンキースをこよなく愛する生粋のニューヨーカー、スコット・イアン(ギター)を中心に1981年に結成されたアンスラックスもまた、ご多分に漏れず、最初は同じ学校に通う友達や兄弟ばかりでスタートした典型的なスクール・バンドでした。KISSのライヴに衝撃を受けて音楽にのめりこむようになったというスコット自身、当時から、ヘヴィ・メタル/ハード・ロック・シーンのバンドとパンク・ロック/ハードコア・シーンのバンドを、どちらも等しく愛聴していたといいます。
具体的な名前を挙げると、メタル方面では、アイアン・メイデン、ジューダス・プリースト、ブラック・サバス、モーターヘッドなど、パンク方面では、セックス・ピストルズ、ディスチャージ、ラモーンズ、アグノスティック・フロントなどが特に重要なところになるでしょう。
そうして慣れ親しんでいたメタルとパンクのおいしいところを掛け合わせ、まもなくスラッシュ・メタルと呼ばれることになる最前線の刺激的な音楽性を体現し始めたアンスラックスは、地元ニューヨークの先輩バンド、ザ・ロッズの一員だったカール・カネディを共同プロデューサーに迎えてスタジオに入り、やがて念願のアルバムを完成させます。
顔面粉砕!渾身の『メタル鉄拳』

結成直後から何度かメンバー・チェンジを行ない、スコット以下、ニール・タービン(ヴォーカル)、ダン・スピッツ(ギター)、ダン・リルカー(ベース)、チャーリー・ベナンテ(ドラムス)という布陣になっていたアンスラックスが、1984年初めに発表したこの記念すべきデビュー・フルレンス『フィストフル・オブ・メタル』もやはり、当時のスラッシュ・メタルの特徴が色濃く表わされた作品でした。
なりふり構わずがむしゃらに突撃するような猛烈なスピード、湧き上がる衝動をそのまま叩き付けたかの攻撃的なリフ・ワーク、アイアン・メイデンやジューダス・プリーストを思わせるエキサイティングな曲構成など、ここに収められた楽曲からは、「俺たちの手でヘヴィ・メタルをもっともっと進化させるんだ!」というフレッシュな野心がビシビシ伝わって来るようです。
しかしこの時点では、彼らもまだ、それまでのヘヴィ・メタルから完全に飛躍できているとは言えませんでした。
例えば、「パニック」「アクロス・ザ・リヴァー」「ハウリング・フューリーズ」などで聴かれるツイン・ギターのハーモニーはまるでアイアン・メイデンのようですし、アグレッシヴなシャウトとメロディックなハイトーンを同居させるヴォーカルにも、ロブ・ハルフォードやブルース・ディッキンソンからの影響がはっきりと見て取れます。
とはいえ、彼らがここですでに、器用に歌えるシンガーをフロントに立てていた事実は見逃してはいけません。
もとよりスラッシュ・メタルは過激さや攻撃性を強烈に押し出すことをひとつの使命としていましたから、ヴォーカルも当然、サウンドに見合った激しいスタイルが好まれました。が、アンスラックスは敢えて、メロディアスに歌えるシンガーにこだわっていたのです。これは先行したメタリカやスレイヤーとは異なる、アンスラックスならではの個性でした。
かくして東海岸にも燃え広がったスラッシュ・メタルの炎は、さらに勢いを増し、各地に火の粉を振りまきながら、ますますメタル・シーンを席巻していくことになります。
“ザ・ビッグ 4”最後の一角が名乗りを挙げたのは、まさにそんな最中のことでした――。
第1回:スラッシュ・メタルって・・・なに?
第2回:伝説のデモ『ノー・ライフ・ティル・レザー』
第3回:受け継がれる“邪悪の遺伝子”
第4回:顔面粉砕!渾身の『メタル鉄拳』
第5回:反骨の“大佐”デイヴ・ムステイン
第6回:炸裂!手加減無用のベイエリア・クランチ