アンダーグラウンド・ネットワーク

“アンダーグラウンド・ネットワーク”と聞いて、思わず、“なにか良からぬことを企んでいる怪しい地下組織の連絡網”みたいなものを想像してしまった方もおられるかもしれませんが、もちろん、そういう意味ではありません。(笑)

ここで言うアンダーグラウンド・ネットワークとは、メジャーな音楽産業のシステムには乗らないインディペンデントな活動をしているバンドたちをサポートする、アンダーグラウンド・シーンのグローバルなファン同士のつながりのことを指します。

大抵のバンドやレーベルがホームページを持っていたり、twitter、facebook、YouTubeなどを介して誰でも簡単に情報を発信したり受け取ったりできる現在では、世界中に散らばるメタル・ファン同士をつないで世界規模のネットワークを形成することも、それほど難しくはないでしょう。しかし、インターネットも携帯電話もCDも普及していなかった30年前では、とてもそうはいきません。

では、当時のメタル・ファンたちは、一体どうやってグローバルなネットワークを築き上げていたのでしょうか。

彼らが活用していたコミュニケーション・ツール――それは昔ながらの郵便でした。

世界をつないだ“テープ・トレーダー”たち

小さなインディ・レーベルからごく少数だけリリースされたアルバムやレコード・デビュー前のバンドが制作したデモ・テープなど、メジャー・レーベルとは関係のないところで生み出された音楽は、どうしても流通に限界があります。しかし、世界全体を見渡してみれば、その音楽を心から欲しているファンはあちらこちらにいます。

そこで彼らは、手紙のやり取りを通じて互いにつながり合いました。

自分の持っているレアな音源をカセットテープにダビングし、地元のライヴハウスなどで手に入れたフライヤー(ライヴの告知などをするためのチラシ)の裏にメッセージを書き込んで、同じ音楽を愛している遠くの友達に送る。するとしばらくして、その友達から、自分の聴いてみたいと思っていたバンドの音源入りカセットテープが届く。

ライヴハウスやファンジン(ファンによる手作りの雑誌)などで互いの存在を知り、カセットテープの交換を通じてそれぞれに友達の輪を広げ、世界中のファンと最新の情報を共有し合っていた彼ら“テープ・トレーダー”こそ、当時のアンダーグラウンド・ネットワークを引っ張る草の根の立役者たちでした。

デビュー当初のメタリカは、まさにそんなアンダーグラウンド・ネットワークの担い手たちによって支持され、彼らの口コミを通じて人気を拡大させていったのです。ただ、そうした動きは、実のところ『キル・エム・オール』が発表される以前からすでに始まっていました。

後に“伝説のデモ・テープ”と呼ばれることになる7曲入りのデモ音源『ノー・ライフ・ティル・レザー』。メタリカの名前を初めてアンダーグラウンド・シーンに知らしめたのは、実はこのデモ・テープでした。

伝説のデモ『ノー・ライフ・ティル・レザー』


クリフ・バートンの前任にあたるロン・マクガヴニーというベーシストが在籍していた1982年当時のラインナップによって制作された『ノー・ライフ・ティル・レザー』は、おそらく、現在でもメタル・ファンの間で最も有名なデモ・テープのひとつと言っていいでしょう。

デビュー・アルバム『キル・エム・オール』にも収められることになる「ヒット・ザ・ライツ」「シーク・アンド・デストロイ」「ジャンプ・イン・ザ・ファイアー」などのプロトタイプと言うべき楽曲たちをお披露目したこのデモは、当時のテープ・トレーダーたちにとって、いわば垂涎の“お宝音源”でした。

それまでのヘヴィ・メタルとはまた違った新たな個性を野心的に示し、事情通であるがゆえに厳しい審美眼を持ちあわせているアンダーグラウンドのメタル・ファンをも見事に唸らせた『ノー・ライフ・ティル・レザー』は、やがて、彼らの手により盛んにダビングを繰り返され、草の根のネットワークを通じて世界各地へとどんどん広められていきます。

そうして少しずつ築き上げられていったアンダーグラウンド・シーンでの友情と信頼が、バンドとファンをどれほど強く結び付けていたか、改めて言うまでもありません。追ってリリースされた『キル・エム・オール』がメジャー・シーンでいくら酷評されようと、メタリカの支持基盤がビクともしなかった理由は、まさにここにあります。

『ノー・ライフ・ティル・レザー』で地平を切り開き、『キル・エム・オール』で広く名前を浸透させることに成功したメタリカは、それからほどなくして、アンダーグラウンド・メタル・シーンのヒーローと目されるようになります。しかし、ついにその幕を切って落としたスラッシュ・メタルの時代は、早くも次のヒーローをシーンに送り込もうとしていました。

メタリカの後を追う強力なライバルたちが、続々と名乗りをあげ始めたのです――。

第1回:スラッシュ・メタルって・・・なに?
第2回:伝説のデモ『ノー・ライフ・ティル・レザー』
第3回:受け継がれる“邪悪の遺伝子”
第4回:顔面粉砕!渾身の『メタル鉄拳』
第5回:反骨の“大佐”デイヴ・ムステイン
第6回:炸裂!手加減無用のベイエリア・クランチ

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